銀河ちゃん、欠席

今日も寒流と暖流がぶつかり合うところで掃いて捨てるほどのプランクトンが増殖する。

今日もそのプランクトン欲しさに主婦の魚群が群がる。

今日もフローレンスは、テーブルの上に綺麗なボタンを徒らに並べてムーミンの帰りを待ってる。

いつだって僕は彼女の横顔を見て射精する。

さながらミルキーウェイ

そう、さながらミルキーウェイだった。

 

車窓から見える世界。

きちんといくつかの色が確認できた。

それだけで、僕はひどく安心する。

乱れがちな呼吸を整えられる。

正面に目を向ける。

向かいに座るおじさんの、彼の頭から生えているツノからは精子が垂れている。

さながらミルキーウェイ

そう、さながらミルキーウェイだった。

 

僕が欲しいもの、今僕が持っているもの。

その決して小さくはないズレを受け入れなくてはいけない時、僕の脳が揺れる。

その揺らぎで、たんぽぽの綿が僕の脳天から離れ、風に乗ってどこかへ飛んでいく。

どうか知らない街まで逃げておくれ。

心からそう祈る。

僕が飛ばした種が知らない街へ辿り着いて、色彩のない街を黄色に彩る。

それだけで、僕はこの世に生まれてよかったと思えるんじゃなかろうか。

それって、そんなに後ろ指を指されるような大それた夢だろうか。

そう思いながら、赤黒い茎を力任せに握る。

言わずもがなミルキーウェイ

そう、言わずもがなミルキーウェイだった。

 

思考を言葉に変換するときに、大切なものが霞ががってしまう。

この心苦しさを心苦しいとしか表現できないことを心苦しいと思う。

それなのに、僕のこころやからだの醜悪さ、歪さ、それに対して抱いてしまう劣等感は別に言葉にしなくたって相手にきちんと伝わるのだから残酷だと思う。

僕の隣で一杯目のビールをちびちび飲む彼女への想いはいつになったら伝わるのやら。

その悠久の時間を思って、彼女の口についたビールの泡を、僕は良からぬ何かに重ねながら、良からぬ何かをこの世にリリースするしかなかった。

それ、もはやミルキーウェイじゃん。

そう、それ、もはやミルキーウェイじゃんだった。

 

買い物カゴに何もいれないまま、レジに並ぶ。

空は低く、僕を押しつぶそうと必死になってる。

でもきっと大丈夫。

星屑をポケットに、誰にもバレないようにね。

1、2、3というカウントがあった後、世界はビカビカと光って僕は神様になりたい。

誰にも望まれていないままの状態でくたばりたくない。

ミルキーウェイってどこだ。

そう、ミルキーウェイってどこだ。

 


Loyle Carner - Florence - Radio 1's Piano Sessions

はやすぎた、たこ、われる、ふうせん

「この時代、言わば、エレキテルの時代では、時の流れがいと疾し!」

灰色の生コンの塊が数多聳えるこの街の中心部で、博士は大声で叫んだ。

人々は博士の発言に概ね同意していることを隠しながら、気狂いを見るような眼差しを彼に向けた。

或いは彼の発言にはまるで同意していないくせに、英雄を見るような眼差しを彼に向けた。

その行為のどちらが残酷なものかは分からない。

どちらも残酷ということもあり得るし、どちらも残酷ではないということもあり得る。

ちなみに、もうこの世の全てのアルコールを摂取し、人間として欠落した博士には物事が残酷かそうでないかを判断する隙間すら残っていないのであった。

 

博士の発言とは関係ないところで、僕は猛スピードで死んでいく。

当然ながら今もなおだ。

肥大化した自我がそう僕に囁いているだけで、他の人間も猛スピードで死んでいくのかもしれない。

しかしながら、僕にとってそれは何の気休めにもならないのであった。

いびつに生まれてしまった僕のからだやこころを、僕は未だに許せなかった。

 

僕が初めて交わった女は、今日も僕の知らない誰かとセックスをしている。

彼女も知らない誰かとセックスをしている。

それはそれは猛スピードで。

それを知りながら、でも僕は必死に知らないふりをして、ポテトチップたちを目一杯頬張る。

そのセックスでいずれ彼女から生まれてくる子どもも猛スピードで死んでいくのだろうか、と考えてしまう愚かな僕を彼女は許してくれないだろう。

僕のことなど何一つとして覚えていないだろう。

 

作品の中ではどうしても浅いところでしか表現できなかった「人間は愚かだ」というメッセージを、文豪たちは、ミュージシャンたちは、自らの命と交換して世に伝えた。

いと疾し!この時代!

すぐに彼らの命は、忘れられる。

強烈すぎるゴムの臭いに、僕は鼻をつまむ前に、目をぎゅっと閉じた。

 

真っ赤なF1カーは、びゅうびゅうはしる。

彼女に抱きかかえられた子どもは「格好いいなぁ、びゅうびゅうはしるんだもの」と耳障りな甲高い声で言った。

本当に格好いいものを知らずして、呑気にそんな無責任なことを言う。

その声を聞いて、僕は慌てて固く閉じた目を開ける。

 

そこに広がる風景は、真っ黄色の砂漠だった。

その砂漠では、今日も博士が、似たようなことを大声で叫んでる。

しかし博士の声帯は、その時点でガラクタと化していたはずなので、僕の耳に届いているかどうかは分からない。

僕はその砂漠にある僅かばかりの水を汲み、コンビニエンスストアに売った。

その水は固まった麺を和らげるほぐし水として利用されるらしい。

つまらない何か特有のスピードに、僕は怯え続けている。

 

ほぐし水は今日も快調に蕎麦やらうどんやらをほぐす。

子どもは、あまりにも狭いアパートの一室で、一心不乱にその麺の類をすすった。

時を同じくして、その母親は、生コンの塊の最上部からさっさと地上に自らの身を落とし、肉の塊になった。

清掃員は広がる赤絨毯を見て、何かを言った。

そんな気がした。

 

ところで、真っ赤なF1カーは、びゅうびゅうはしる。

ものすごい速さだとは思ったが、僕は格好いいとは思えなかった。

僕も、猛スピードで死んでいる。

この世にある、あらゆる事象の中で確かなのは、多分それだけだと思う。

 


Alex G - Gnaw